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重厚中華そば大ふく屋の誕生秘話

2003年3月、僕が自由が丘で豚骨ラーメン屋を始めようと物件探しを始めていた頃、
友人の不動産屋さんから連絡があり、自由が丘駅から近い7坪の物件を紹介されました。
裏通りのその物件は古い倉庫だったのですが、吸い込まれるような雰囲気があり、
根拠はありませんでしたが、ラーメン屋として成功するイメージを直感で感じたことを今も覚えています。

2003年7月23日、豚そば家大大オープン前の1枚。

その物件を借りることが決まると、友人の不動産屋さんから
ラーメン好きな人を紹介すると言われ、
突然会うことになりました。それがせたが屋の創業者である
前島さんとの初めての出会いでした。

僕よりも10歳年上である前島さんの謙虚さや、
ラーメンに対する追究心と熱意に打ちのめされ、
自由が丘の豚骨ラーメン計画は前島さん主導で
トントン拍子に進みました。
店名は、これから大きくなる大きくなるという意味を込めて、
豚そば家大大に決まり、それからオープンに向けて、
前島さんと二人でスープ作りに励む日々が始まりました。
お店をオープンしたのが7月だったということもあり、
狭い厨房はサウナ状態で毎日汗だくになりながら、
寸胴をかき回していた日々を思い出します。
しかし、自信を持っていたラーメンでしたが、
なかなかお客様には来ていただけず、1日の売上げは2万、3万という辛い日々が続きました。
それでも、美味しいスープを作りたい、お客様を喜ばせたいという気持ち一つでスープ作りに没頭していた頃、
徐々に顔なじみのお客様が増え、
帰り際に「美味しかった」「また来るよ」などのお言葉をかけて頂くことが増えてきました。
どんなに暇なときでも、一切の妥協をせずに作り続けてきて、初めて手応えを感じた瞬間でした。
それから徐々に売上げは上がり、オープンから9ヶ月後の2004年3月には、
たった7坪11席のお店で月商800万円を超えた時は本当に嬉しかったです。
このお店の成功が我々の大きな自信となり、以来、都内を中心にお店を展開し、
ときには小田原、名古屋、お台場などの商業施設でも出店させて頂くことになりました。
たった一杯のラーメンを通じて様々な地域で、多くの方々と仕事をさせて頂くことになり、
ラーメンに対する熱意が高まる一方で、ラーメンの奥深さに出口がないこともわかりました。

ただ、僕は今でも行く先々でラーメンの食べ歩きをしているのですが、
全国にラーメン屋さんはたくさんあっても、本当に美味しいと思えるラーメン屋さんは意外と少なく、
地方に行ったときなどは特に美味しいお店を見つけ出すことが困難だと感じていました。
そんな思いを前島さんに話したところ、僕と同じ思いを持っていたことがわかりました。
それからはまたトントン拍子に話しが進み、全国展開に向けたラーメン専門店計画がスタートしました。

2008年12月13日 赤羽本店オープン当日。左から僕、前島さん

そして、どうせやるならこれまでの経験の集大成となる
我々にしかできない本物のラーメン専門店を作ろう
という結論に至り、ふくもり野沢店にて、
商品開発に試行錯誤の日々が始まりました。
そんな強い思いから、お店の名前は、大大の『大』、
ふくもりの『ふく』、そしてせたが屋の『屋』を取り、
『大ふく屋』と命名。
大ふく屋のコンセプトに強く賛同して頂いた方々の協力もあり、
2008年12月、“重厚煮干中華そば大ふく屋本店”は
東京赤羽にオープンを果たしました。

大ふく屋本店は、
開店から多くのお客様にご来店頂いたこともあって、
営業終了後も毎日徹夜の仕込みが続きました。
そんな時に一緒に苦労を重ねてくれたスタッフや
関係者の方々には今なお深く感謝しております。

大ふく屋は止まることなくこだわりの挑戦を続け、その味に完成はありません。
日々の研究により、今よりももっと美味しくなるのであれば、どんどん改良進化させていきます。

今後もより一層のご支援とご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

株式会社大ふく屋 代表取締役社長 林正勝